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辺野古新基地反対で普天間飛行場撤去が言えなくなった 皮肉なことよ

辺野古新基地反対で普天間飛行場撤去が言えなくなった 皮肉なことよ (苦笑)


2017年12月13日、普天間第二小学校の運動場にアメリカ軍のCH53Eヘリコプターから重さ8キロの窓が落下した。事故当時、運動場では、およそ50人の生徒が体育の授業を受けていた。子供たちの上に落ちる可能性もあった。死者が出なかったのは不幸中の幸いであった。
普天間飛行場があるために少年の生命が危険さらされていることが明らかになった事故であった。宜野湾市は普天間飛行場の騒音被害を受けている。それに加えて子供たちの生命さえ危険であることが判明した。騒音被害をなくし、子供たちの生命を守るには普天間飛行場の撤去しかない。。今までの沖縄であったら激しい普天間飛行場撤去運動が展開されていた。ところが普天間飛行場の存在が生徒の生命を奪うことが現実となったのに撤去運動を展開しない。沖縄は米軍基地撤去運動に明け暮れていた。沖縄から米軍基地を撤去し、基地のない平和な島にするのを理想とするのが沖縄の戦いだった。
小学校の運動場にヘリコプターの窓が落下した。生徒の生命の危機!! 
「子供たちのいのちを守るために、沖縄を平和にするために普天間飛行場を撤去せよー」とすぐに撤去運動が展開され、現在続いているはずである・・・・が撤去運動は起こらなかった。おかしい。
 今日のタイムス、新報には6年前の窓枠落下による普天間飛行場の危険性を書いている。大惨事になりかねなかったことを強調している。しかし、不思議なことに「日も早く、普天間飛行場を鉄橋してほしい」と主張していない。なぜなのか。理由は普天間飛行場の辺野古移設にある。米軍基地撤去運動を展開してきたのは教職員組合と自治労であり、米軍基地を日本から撤去するのを目的にしている彼らは県内の辺野古に移設するのは反対である。普天間基地撤去を主張することは辺野古移設賛成に繋がってしまう。普天間基地撤去=辺野古移設にならないためには普天間基地撤去を主張するわけにはいかない。基地撤去と基地移設阻止のジレンマで基地撤去運動ができなくなっているのが沖縄の左翼である。


 共産党の志位委員長は普天間飛行場の移設をイメージさせないために辺野古新基地建設と言い、あたかも辺野古に新しい米軍基地を建設しようとしているように話す。そして、辺野古に米軍基地ができると有事になるとミサイル攻撃されて、名護市民が危険であると辺野古基地建設に反対する。志位委員長の話には笑ってしまう。辺野古移設できなかったら普天間基地がそのままだ。有事になれば普天間飛行場がミサイル攻撃される。被害は辺野古の比ではない。志位委員長は辺野古がミサイル攻撃されるより宜野湾市がミサイル攻撃されることを選んでいるのである。県民の被害が大きくなるのを選んでいる。
「辺野古に新基地ができたらミサイル攻撃される」と話す主志位委員長は滑稽である。


 辺野古新基地建設反対に熱心であるために普天間基地撤去、嘉手納基地撤去・・・米軍基地撤去を言わなくなった米軍基地撤去派の左翼である。辺野古新基地建阻止運動に集中しているキャンプ・シュワブ座り込み闘争は本土の有名人ひろゆき氏と高須院長に茶化されている。沖縄の反米軍基地運動が茶化されるとは以前なら考えられないことである。運動に真剣さが薄れ、軽くなったということだな。
 米軍基地撤去を言えない辺野古新基地建設阻止運動には苦笑するしかない 。