hijaiのブログ

沖縄、日本、世界の情勢や芸術について自由に意見するぞー

辺野古埋め立ての真実を描いた「江美とジュゴンとおばあちゃ

2015年に出版した「ジュゴンを食べた話」の中短編小説「江美とジュゴンとおばあちゃん」である。
大好きなあーおばあちろやんから辺野古埋め立てで海は汚染され、魚、ジュゴン、サンゴが死んでしまうと
教えられた少女は悩む。悩んで末に海が汚染されない真実を知る。


辺野古埋め立ての真実を知ってもらいたいので書いた。


辺野古埋め立ての真実を描いた
江美とジュゴンとおばあちゃん
                   
江美は小学六年生。家は那覇市の郊外にある。家族はお父さんとお母さんと小学三年生の弟の良樹と幼稚園生の妹の亜実の五人である。江美の家の隣には一人暮らしをしているおばあちゃんの家がある。
江美はおばあちゃん子だ。江美が生まれた頃はお母さんも働いていたから、江美の面倒はおばあちゃんがみた。
江美は小学一年生になってからずっとおばあちゃんの家で勉強をしている。おばあちゃんは小学校の先生をしていたから、江美の分からないところを教えてくれたし、ノートの書き方や勉強のやり方なども教えてくれた。おばあちゃんのお蔭で、学習塾に通わなくても江美の成績は優秀だ。


江美がおばあちゃんの家で勉強をしている時、おばあちゃんはテレビを消しているが、ニュースの時間だけはテレビをつけた。その日もいつものようにおばあちゃんはニュースの時間になったのでテレビをつけた。勉強している江美の耳に普天間飛行場という言葉が聞こえたので、算数の問題を解いていた手を休めて江美はテレビを見た。普天間飛行場に江美は敏感に反応する。アナウンサーは、普天間飛行場の移設先である辺野古の海の埋め立てを仲井真知事が承認したと話した。
普天間飛行場は宜野湾市の真ん中にあり、周囲は住宅が密集している。世界一危険な飛行場と言われている。飛行機が墜落するとたくさんの人が死ぬ。何回も墜落したという飛行機オスプレイが普天間飛行場に配備されたからますます普天間飛行場は危険になった。辺野古の海の埋め立て承認のニュースを聞いて、江美はほっとした。
「おばあちゃん。よかったね」
おばあちゃんはテレビをじっと見ていた。
「これで宜野湾市の人が死なないで済むんだ。ああ、よかった」
「なにがいいもんか」
おばあちゃんは不機嫌になっていた。江美はおばあちゃんが喜ぶと思っていた。でも、おばあちゃんは不機嫌だ。なぜだろう。
「だってさ、オスプレイが墜落したら普天間飛行場の周りのたくさんの人が死ぬんでしょう。辺野古に移ったら人が死ななくて済むよ。おばあちゃんはうれしくないの」
「うれしくないね」
「どうして」
おばあちゃんは答えないで、
「ヨーカンを早くお食べ。ジュースも飲んでいないじゃないか」
と言った。イライラしているおばあちゃんは辺野古の海の埋め立てについて江美と話したくないのか、ヨーカンを食べるように江美をせかした。江美はおばあちゃんにせかされて、ヨーカンを食べてジュースを飲んでからおばあちゃんに訊いた。
「どうして、おばあちゃんは辺野古の海の埋め立てがうれしくないの」
「辺野古の海を埋めたら、ジュゴンが死ぬ、魚が死ぬ、サンゴが死ぬ。辺野古の海が死ぬ。辺野古の海を埋め立ててはいけない」
江美は納得できなかった。
「普天間飛行場があると周囲の人が死ぬとおばあちゃんは言ったんだよ。ジュゴンや魚やサンゴの命より人の命が大事だよ」
「江美はいつから自然の命を大事にしない薄情な人間になったのか」
江美にはおばあちゃんの言っていることが分からなかった。おばあちゃんは人の命が一番大事、命どぅ宝と何度も江美に教えた。だから江美は人の命が一番大事だと信じている。
「だって、人の命が一番大事だっておばあちゃんは江美に教えたんだよ」
「人の命も大事。ジュゴンや魚の命も大事。サンゴの命も大事」
江美は人の命が一番大事だとずっとおばあちゃんに教えられてきた。急にジュゴンや魚やサンゴの命も大事だと言われても納得することはできなかった。江美は混乱した。
「でも」
やっぱり人の命のほうが大事だよと言いたい江美だった。しかし、おばあちゃんの声は鋭く、怖い顔をしていた。おばあちゃんの権幕に押されて江美はなにも言えなかった。
「さっさと勉強をしなさい」
そう言うとおばあちゃんはお茶を飲んだ。 
江美は勉強を始めようとしたが、意味不明のおばあちゃんの怒りに動揺し、勉強をすることができなかった。江美の目から急に涙が出てきた。涙は一つ二つとノートに落ちた。涙は止まりそうもない。もう、勉強どころではない。泣いているのをおばあちゃんにばれたくない江美は立ち上がり、教科書とノートを抱えて玄関に向かった。急に立ちあがった江美におばあちゃんは驚いた。
「あれ、江美、どうしたのか。勉強は終わったのか。ヨーカンはまだ残っているよ」
江美は振り返らないで出て行った。


 二階の勉強部屋に入ると、声が外に洩れないように口を押えて江美は泣いた。江美は泣き虫だ。算数の問題が解けないと泣くし、おばあちゃんに叱られるとすぐ泣いてしまう。
「江美は泣き虫だねえ」
とおばあちゃんはあきれる。
 江美はおばあちゃんの前でよく泣いた。でも、今日は泣いているのをおばあちゃんに見られたくなかった。だから、おばあちゃんの家を出た。こんなことは生まれて初めてだ。
 おばあちゃんが厳しい顔で「江美はいつから自然の命を大事にしない薄情な人間になったのか」と言った時、江美の頭の中は真っ白になった。頭の中が真っ白になりながら、「だって、人の命が一番大事だっておばあちゃんは江美に教えたんだよ」と言ったのはおばあちゃんに反発したからではなかった。江美はおばあちゃんの教えをちゃんと守っているんだよと訴えたかったのだ。「ああ、そうだったねえ。江美はおばあちゃんが教えたことをちゃんと守っているんだ。ごめんごめん」という返事がおばあちゃんの口から出るのを江美は期待した。でも、おばあちゃんの口から出たのは違っていた。「人の命も大事。ジュゴンや魚の命も大事。サンゴの命も大事」と今まで聞いたことがないおばあちゃんの言葉だった。江美の考えは間違っているとおばあちゃんに言われた気持ちになった。
大好きなおばあちゃんの教えを守ってきたのに、江美の訴えをおばあちゃんは分かってくれなかった。江美の気持ちを理解されなかったことがくやしくて悲しかった。


 おばあちゃんは江美をひめゆりの塔や摩文仁の丘などの戦跡地によく連れて行った。そして、人の命は一番大事だと教えた。人の命を奪う戦争は絶対やってはいけないと教えた。江美はおばあちゃんの話は難しくてよくわからなかったが「うんうん」と素直に聞いた。
おばあちゃんと一緒に戦跡地に行くとアイスクリームやお菓子を買ってくれるしレストランにも連れて行ってくれるから江美はピクニック気分で行っただけだった。しかし、少しずつおばあちゃんの教えが分かるようになってきた。二年前のオスプレイ配備反対の県民大会に江美はおばあちゃんに連れられて行った。いつ墜落するかもしれない恐ろしい飛行機オスプレイ。灰色の不気味な姿の写真を見るだけで江美は怖くて体が震えた。そのオスプレイが普天間飛行場に配備されるという。おばあちゃんは絶対反対だと言い、江美も反対だった。県民大会でおばあちゃんも江美も「はんたーい」の拳を突き上げた。でも、オスプレイは配備された。


 普天間飛行場の周囲には住宅が密集している。オスプレイが墜落したらたくさんの人が死んでしまう。普天間飛行場は一日も早く移さなければならない。だから、仲井真知事が辺野古埋め立てを承認するというニュースが流れた時、普天間飛行場が辺野古に移るから宜野湾市の人たちの命が助かると思って江美はうれしかった。おばあちゃんと一緒に喜ぼうと思った。でも、おばあちゃんは不機嫌になった。
人の命が一番大事だとおばあちゃんは江美に教えてきたのに、おばあちゃんはジュゴンや魚の命も大事だと意味の分からないことを言って江美を突き放した。おばあちゃんの教えを守ってきたつもりの江美だったからおばあちゃんの話に納得できなかったし、突き放されたことがすごく悲しかった。
夕食の時、お母さんが呼びにきたが、江美はおばあちゃんと顔を合わせるのが嫌だったから、宿題をやってから食べると言って、下りていかなかった。暫くしてお腹がぐーぐーと鳴った。江美は部屋を出てゆっくりと階段を下りた。するとおばあちゃんの声が聞こえた。江美は勉強部屋に戻った。それから三十分ほど過ぎて、とてもお腹が減った江美は部屋を出て、階段をゆっくりと下りた。おばあちゃんの声は聞こえない。それでも用心しながら階段を下りた。おばあちゃんは居なかった。江美は一階に下りて行きご飯を食べた。


 翌日、江美はおばあちゃんの家に行かなかった。心配したおばあちゃんは江美の部屋にきたが、ドアの鍵を掛けた江美はおばあちゃんの呼びかけに「今日は一人で勉強する」と言っておばあちゃんの家に行くのを断った。
夕食の時、お母さんが呼びに来た。おばあちゃんに会いたくない江美は宿題があるから後で食べると言った。でも、お母さんは後で食べるのを今日は許さなかった。
「駄目。夕食はみんなで食べるものよ。さっさと下りてきなさい。いいね」
江美は仕方なく一階に下りて行った。
江美はいつものようにおばあちゃんの側に座った。
「今日も一人で勉強かい」
江美は黙ってうなずいた。
「明日はおばあちゃんの家においでよ」
江美は行きたくなかった。でも、断ることもできない。江美はじっと黙っていた。
「江美。ちゃんと返事をしなさい。おばあちゃんに失礼ですよ」
「いいよいいよ、順子さん。江美も小学六年生になったんだ。思春期なんだよ。色々悩み事があるんだよ。口を利きたくない日だってあるさ」
お母さんはおばあちゃんに「躾はちゃんとしないといけないですから」と断ってから、
「江美、ちゃんと返事をしなさい。明日はおばあちゃんの家に行くわね」
と言った。長女である江美にお母さんはいつも厳しい。江美はお母さんには逆らえない。江美は仕方なくうなずいた。
「うなずくだけでは駄目。ちゃんと返事をしなさい。明日はおばあちゃんの家に行くわね」
「はい」
江美は返事した。
「順子さん。無理強いしてはいけないよ」
と言いながら、おばあちゃんはニコニコしていた。江美が明日家に来るのでおばあちゃんはうれしいのだ。


 その夜、江美は夢を見た。ジュゴンが辺野古の海を泳いでいる。すると突然上から黒い雲のような物が落ちてきてジュゴンを覆った。落ちてきたのは土砂だった。非情な土砂はどんどんジュゴンに落ちてきた。ジュゴンはもがき苦しんだ。土砂に包まれたジュゴンは暗い海底に沈んでいった。
「ジュゴンを殺さないでー」
江美は起き上がった。ジュゴンがとても可哀そうで、江美は肩を震わせて泣いた。


 辺野古の海を埋め立てたらジュゴンが死ぬ。魚も死ぬ。サンゴも死ぬ。ジュゴンが死ぬのは嫌だ。魚が死ぬのも嫌だ。サンゴが死ぬのも嫌だ・・・でも・・・オスプレイが墜落したらたくさんの人が死ぬ。ジュゴンや魚が死ぬより人が死ぬのが嫌だ・・・・でも・・・ジュゴンの夢を見た江美はジュゴンや魚やサンゴが死ぬのも嫌だと思うようになった。
 どちらが死ぬのもかわいそうだ。どちらも死なない方がいい。でも・・・。人の命とジュゴンの命を比べればやっぱり人の命が大事だと江美は思う。やっぱり辺野古の海を埋め立てたほうがいい。でも、オスプレイはまだ墜落していない。もしかするとオスプレイはずっと墜落しないかも知れない。辺野古の海を埋め立てたらジュゴンは必ず死んじゃう。やっぱり辺野古の海は埋め立てない方がいい。しかし、オスプレイが墜落しないとは絶対に言えない。いつかは墜落するだろう。一〇年前には沖縄国際大学にヘリコプターが墜落したのだからきっと墜落する。明日墜落するかもしれない。来月か、来年か、五年後か、十年後か。オスプレイはいつか墜落する。オスプレイが墜落したらたくさんの人が死んじゃう。やっぱり、辺野古は埋め立てたほうがいい。でも、ジュゴンが死ぬのは嫌だ。
人が死ぬのも嫌、ジュゴンや魚やサンゴが死ぬのも嫌。おばあちゃんのいう通りだ。でもやっぱり人の命が一番大事。人の命が助かるためにはジュゴンや魚やサンゴが死ぬのは仕方がない。仕方がないけど・・・・・。 ジュゴンや魚やサンゴが死ぬのを認めてしまう江美は悪魔の心になってしまった気持ちになる。江美は悪魔の心にはなれない。やっぱりジュゴンや魚やサンゴが死ぬのは嫌だ。
普天間飛行場のことや辺野古の海のジュゴンや魚やサンゴのことを考え、悩んでいるうちに悲しくなってきて江美の目から涙がこぼれてきた。江美がこんなに悩み苦しむのは生まれて初めてだった。


江美はおばあちゃんの家に行く決心がつかなかった。お母さんと約束したから行かないといけない。でも、気が重い。江美は溜息をついた。
コンコンとドアを叩く音がした。振り返るとドアがバーッと開いて、お母さんが、
「江美。江美の大好きなシュークリームがあるってよ。おばあちゃんが食べにおいでって」
おばあちゃんはわざわざ江美の大好きなシュークリームを買ってくれた。大好きなおばあちゃんが江美に会いたがっている。でも・・・。以前だったら走っておばあちゃんの家に行ったが、今日の江美は違っていた。おばあちゃんに会うのは気が重かった。
「さあ、早く行って」
江美の悩みを知らないお母さんは江美をせかした。でも、江美は行くかどうか迷った。
「なに、もたもたしているの。早く行って」
短気なお母さんは怒った。お母さんに怒られるのが一番怖い江美は教科書とノートを持つと急いで部屋を出た。


 江美はおばあちゃんの家の玄関の前で立ち止まった。
「江美かい。お入り」
おばあちゃんの声が聞こえた。江美はゆっくり玄関の戸を開けた。江美の姿を見たおばあちゃんは立ち上がり、冷蔵庫に行った。
「ほら、シュークリームだよ。早くお食べ」
おばあちゃんはにこにこしていた。
「昨日は、なんでおばあちゃんのところに来なかったのかい。宿題が多かったのかい。だったらおばあちゃんが宿題を手伝ってあげたのに。ああ、そうか。宿題は自分でするもんだと教えたのはおばあちゃんだった。うっかり忘れていたよ」
シュークリームのとろけるようなおいしさとおばあちゃんのとぼけた話を聞いて江美の心がほぐれた。江美は笑った。いつものおばあちゃんと江美に戻った。
勉強をしながらおばあちゃんと話している内に、普天間飛行場や辺野古の難しい悩みは江美の頭からすーっと消えていった。


 おばあちゃんが風邪を引いた。風邪は重く、三日間入院した。
退院した日、江美は学校から帰るとすぐにおばあちゃんの家の玄関を開け、
「おばあちゃーん」
と大きな声でおばあちゃんを呼び、
「なんだい江美」
とおばあちゃんの声が聞こえると、
「ランドセルを置いてくるねえ」
と言って、家に走って行き、タッタッタッと階段を上ってランドセルを置くと、教科書とノートを持ってタッタッタッと階段を下りておばあちゃんの家に行った。
 おばあちゃんは体がだるいと言って横になっていた。
「おばあちゃん、大丈夫」
「大丈夫だ。少し体がだるいだけだ。二、三日すれば元気になるよ」
江美は勉強を始めた。時々おばあちゃんは咳をした。その度に江美は手を止めて、「おばあちゃん大丈夫か」と言いながらおばあちゃんの様子を見た。「大丈夫だ。勉強を続けて」とおばあちゃんは言った。
暫くして、おばあちゃんは起き上がろうとした。
「どうしたの」
「ちょっとトイレに」
おばあちゃんは起き上がるのにしんどそうだった。江美はおばあちゃんが立ち上がるのを手伝った。
「おばあちゃん。江美が連れて行ってあげる」
江美はおばあちゃんの腕を肩に回した。その時、あれっと思った。以前は、つま先立ちをしないとおばあちゃんの肩を担ぐことができなかったのに、今は逆に膝を曲げなければならなかった。まっすぐ立てばおばあちゃんの肩をはずしそうだ。・・・おばあちゃんの身長はこんなに低かったかな・・・。江美はおばあちゃんの身長が低くなったかしらと思った。
でも、それは江美の勘違いだった。江美の身長が伸びたのだ。江美の身長が伸びたのでおばあちゃんの身長が低くなったように感じたのだ。体が大きくなった江美にはおばあちゃんの体重も軽くなったように感じた。前みたいにおばあちゃんの体の重みでふらつくことはなかった。
「おばあちゃんは軽くなったみたい」
「それは江美が大きくなって力が強くなったせいだよ。おばあちゃんより江美のほうが身長は高くなっている。これからは江美の身長がどんどん伸びていって、おばあちゃんが江美を見上げるようになるねえ」
おばあちゃんはうれしそうに言った。
江美はうれしさ半分さびしさ半分だった。江美は今までずっとおばあちゃんに包まれているような気持ちで生きてきた。おばあちゃんはいつまでも江美より大きいと思っていた。おばあちゃんが大きいから江美はおばあちゃんといると安心感があった。江美が大きくなったということはうれしい。でも、もうおばあちゃんは江美を包むことができなくなった。それは少しさびしい気がする。
 おばあちゃんより大きくなった江美には、おばあちゃんに頼るだけではなくおばあちゃんを守っていこうという気持ちが芽生えてきた。なんだか、おばあちゃんとは今までよりも身近な関係になったような気がした。


「おばあちゃん。江美がお湯を沸かしてあげる」
「玄関を掃除するね」
テーブルを拭いたり、お茶を入れたり、洗濯物をたたんだり、肩を叩いたり、足をもんだり、江美はおばあちゃんのために色んなことをやるようになった。
「江美は大人になったねえ」
おばあちゃんは江美を誉めた。それが江美には嬉しかった。


辺野古のジュゴンの夢のことは江美の頭から消え、思い出すことはなかった。ところが人間とは不思議なもので消えていた記憶がなにかのきっかけでふと蘇ることがある。
学校の帰り道で、仲良しの多恵ちゃんが本部町にある美ら海水族館に行ったことを話した。江美も何回か美ら海水族館に行ったので、二人は美ら海水族館の話をした。イルカショー、ウミガメ、マナティーのことを話したが、ジュゴンに似ているマナティーではなく、水族館のジンベエザメの話をした時、なぜか夢に見たジュゴンが江美の頭に浮かんだ。多恵ちゃんと別れて、歩きながら、なぜジンベエザメのことを話した時ジュゴンの夢を思い出したのかを考えた。すると夢の中のジュゴンが水族館のジンベエザメと同じ斜め上の角度に見えたことに気が付いた。そうか、水族館で見たジンベエザメが夢の中のジュゴンになっていたのだ。だから、ジュゴンはジンベエザメのように斜め上に見えたのだ。
江美は立ち止まった。夢が変だ。なにかおかしい。なんだろう。江美は歩き始めた。夢のなにが変なんだろう。なにがおかしいのだろう。そうか、土砂だ。土砂が変だ。夢の中のジュゴンは土砂に包まれて海底に沈んでいった。土砂がジュゴンを包むのはおかしい。土砂は布とは違う。布だったらジュゴンを包むが、土砂は水の中ではバラバラに広がっていくはずだ。土砂が布のようにジュゴンを包んで海底に沈んでいくのはおかしい。江美が見た夢の中の土砂はまるで意思を持っているようにジュゴンを包んでいった。それはおかしい。土砂に意思はないはずだ。土砂は水の中では散っていくはずだ。江美が見た夢の土砂の動きは間違っている。
江美は忘れていた辺野古のジュゴンのことを再び考えるようになった。


ジュゴンや魚はサンゴと違って自由に泳げる。
「そうだ。ジュゴンは泳げるのだから土砂が落ちてくれば急いで逃げればいい。土砂は散らばるから逃げることができるはずだ。たくさんの土砂が落ちてきても土砂に包まれることはないからジュゴンは逃げることができる。辺野古の埋め立て工事が始まればジュゴンや魚は辺野古の海から逃げればいい。そうしたら埋められない」
埋め立てがあってもジュゴンは埋められない。だから、サンゴは死ぬけどジュゴンは死なない。ジュゴンは逃げて生き延びる。江美は大発見をした。
「ジュゴンが死なないことをおばあちゃんに教えよう。江美が発見したことを話せばおばあちゃんは喜ぶはずだ」
と江美は思った。しかし、そう思った後におばあちゃんの厳しい顔が浮かんだ。江美の考えを話したら、もしかするとおばあちゃんはまた怒るかも知れない。おばあちゃんの怒った顔を思い出すと江美の心は萎えた。
 江美はおばあちゃんに話す勇気がなくなった。もしかするとなんらかの理由でジュゴンは逃げられないかも知れない。辺野古の海に沈められていくかもしれない。だから、おばあちゃんはジュゴンが死ぬといったかもしれない。でも、どうしてジュゴンや魚は死ぬのだろう。
辺野古の海が埋め立てられたらジュゴンは生き延びることができるのだろうか、それともできないのだろうか。江美は再び辺野古のジュゴンについて悩むようになった。ジュゴンは死ぬのかそれとも・・・・・・・。


 悩んでいる内に、江美は辺野古の海のことを知らないことに気が付いた。そういえばジュゴンのこともほとんど知らない。ジュゴンの大きさや棲んでいる所やジュゴンが泳ぐ速さなどを江美は知らない。辺野古の埋め立てにしてもどんな方法で埋めるのか全然知らない。あれもこれも知らないのだから江美には手に負えない問題だ。これはジュゴンや辺野古の海や埋め立てについて知っている人しか解けない問題だ。江美があれこれ考えても正しい答えを出すことはできないだろう。ジュゴンがどうなるかはジュゴンや辺野古の海のことをよく知っている人に訊くしかない
。おばあちゃんに訊くのは駄目。おかあさんはきっと知らないだろう。お父さんは知っているだろうか。でもお父さんに訊けばおばあちゃんにばれるかもしれない。それは嫌だ。辺野古のジュゴンのことを調べていることをおばあちゃんには知られたくない。
 江美は色々考えた末に、担任の玉城朱里先生に訊くことにした。朱里先生は先生だからなんでも知っているはずだ。でも、朱里先生は学校の勉強以外のことを教えてくれるだろうか。江美は不安になったが、朱里先生に訊く以外に方法はなかった。江美は朱里先生に訊くことにした。


「朱里せんせー」
三時限目の終わり、江美は廊下に出た朱里先生を追いかけた。
「どうしたの江美さん」
「朱里先生。教えてください。お願いします」
「江美さんが質問するなんて珍しいわね。なにを訊きたいの」
「朱里先生。辺野古の海を埋め立てるとどうしてジュゴンや魚は死ぬんですか」
「え、なんのこと」
江美の質問に朱里先生は面食らった。
「サンゴは逃げることができないから死ぬと思います。でもジュゴンや魚は泳げるから逃げることができると思います。逃げることができるのにどうして死ぬんですか」
江美の質問を朱里先生は理解できなかった。
「なんの話をしているの。先生には江美さんの話の意味が分からないわ。落ち着いて、先生に分かるように説明して」
江美は辺野古の海を埋め立てるとジュゴンや魚やサンゴが死ぬとおばあちゃんに言われたことを話した。そして、ジュゴンが土砂に包まれて海の底に沈んでいく夢を見たことも話した。
「ふうん、そんな夢を見たの。それが本当ならジュゴンが可哀そうだね。江美さんが訊きたいのは辺野古飛行場埋め立てのことね。最近は毎日のように新聞に載っているし、先生の知っている人が辺野古に行ったという話も聞いたわ。先生も江美さんの話と似たようなことを聞いたことがある。でも、先生は詳しくは知らないの」
江美はがっかりした。江美がうつむいて黙ったので、
「ジュゴンや魚が埋め立てで死ぬということはありえないと思うわ。でも江美さんはちゃんとしたことを知りたいのよね」
江美はうなずいた。
「二、三日待ってくれない。先生が調べてみるわ。それでいい」
「はい」


 三日後に、朱里先生は昼休みの時に職員室に来るように江美に言った。
昼休みに江美は職員室に入り、朱里先生を探した。
「江美さん。こっちよ」
職員室の奥のほうで朱里先生が手を振った。江美が来ると、朱里先生は沖縄地図帳を取り出し、北部の地図を開いた。
「江美さん。ここが辺野古のキャンプシュワブよ。そして、ここが辺野古の海で、ここが大浦湾よ。この突き出た岬があるでしょう。ここが辺野古崎といって辺野古飛行場ができるところなの」
朱里先生は辺野古崎の周りを赤鉛筆で記した。
「辺野古飛行場はこのくらいの大きさになるわ」
江美が想像していたのより辺野古飛行場は小さかった。
「埋め立てるといっても、辺野古崎の沿岸部だけよ」
「ここだけですか」
「そうよ。だから、辺野古の海や大浦湾を埋め立てるのではないわ」
「想像していたよりもずっと小さいです。ほっとしました」
「そうよね。先生も調べてみて驚いたわ。辺野古の海が埋め立てられる。大浦湾が埋め立てられると聞いていたから、もっと大きい飛行場だと思っていたわ」
朱里先生は江美を向いた。
「それからね、江美さんが見た夢のことだけど、埋め立てについて江美さんは勘違いしているわ。江美さんは海に土砂を入れると考えているようだけど、埋め立てをやるときは、コンクリートの壁で周囲を囲って海と遮断するの。それから埋め立てるのよ。だから、ジュゴンが泳いでいる上から土砂をかけるということはないわ」
「そうなんだあ」
ジュゴンは土砂に覆われることはない。江美はほっとした。
「埋め立て地域は辺野古崎沿岸だから、大浦湾のサンゴが死滅することもないと思うわ」
「サンゴも死なないんですか」
「そうよ」
「ああ、よかった」
江美はほっとした。ほっとした途端に涙が出た。朱里先生はハンカチを江美に渡した。
「江美さんは辺野古埋め立てのことでとっても悩んだのね。自然を愛する気持ちはとっても大事よ。江美さんの辺野古の埋め立てを心配する気持ちは素晴らしいわ。江美さん、ひとつだけ気になることがあるの、見て」
朱里先生はキャンプシュワブを流れている川を指した。
「この川の名前は美謝川というの。美謝川の上流は緑で覆われた森林地帯なの。森林地帯からは養分をたくさん含んだ水が湧き出るのよ。美謝川に養分豊富な水が流れて、ほら見て、美謝川は大浦湾に出ている。だから大浦湾の自然は豊かなのね。でも美謝川の河口付近は辺野古飛行場になってしまうの。美謝川の河口付近にジュゴンが食べる藻がたくさん生えているらしいけど、ジュゴンの食べる藻場は埋め立てられるわね」
江美はショックを受けた。
「それじゃあ、ジュゴンは飢え死にするんですか」
朱里先生は苦笑した。
「いいえ、そんなことはないわ。ジュゴンの食べる藻はここだけではないの。ジュゴンは別の場所の藻を食べると思うわ」
「その場所はどこにあるのですか」
「それは先生も分からない」
「やっぱりジュゴンは死んじゃうんですか」
泣きそうな江美を見て、朱里先生は困った。
「ジュゴンが藻を食べる場所は辺野古だけではないの。多分北の方に藻場はたくさんあると思う。ジュゴンは一年に五、六百キロも移動するの。ほら、アフリカの像やしま馬やキリンなど多くの草食動物が食べ物を求めて大移動するでしょう。ジュゴンも同じよ。ジュゴンも草食動物だから藻を求めて移動するの。ジュゴンは辺野古に棲んでいるわけではないわ。辺野古には藻を食べにやってきているの。今でもジュゴンは辺野古以外の色々な場所に行って藻を食べているのよ。辺野古の藻場がなくなってもジュゴンは大丈夫よ。元気に生きていくわ」
「本当ですか」
「本当よ。だから、ジュゴンの心配をしなくていいわ」
江美の顔が明るくなった。
「それにね、美謝川の河口は塞ぐのではなくて、辺野古飛行場の隣に河口を移すから、いつかは新しい河口近くに藻が生えてきて、ジュゴンがやってくると思うわ」
「そうなんだ。よかったあ」
江美の悩みは朱里先生の説明で解決した。江美の心のもやもやは消えた。
「朱里先生、ありがとうございました」
「私もとてもいい勉強になったわ。私が江美さんにお礼を言いたいくらいよ」
江美は笑顔で朱里先生にお辞儀をし、職員室を出た。
職員室を出た江美は朱里先生に教えてもらったことを学校から帰ったらすぐにおばあちゃんに話そうと思った。しかし、教室に着くころになるとおばあちゃんに話すかどうか迷った。
あの時のおばあちゃんを思い出した。
「辺野古の海を埋めたら、ジュゴンが死ぬ、魚たちが死ぬ、サンゴが死ぬ。辺野古の海が死ぬ。辺野古の海を埋めたらいけない」
おばあちゃんの顔は江美が見たことのない怖い顔だった。おばあちゃんがなぜあんなに怒ったのか江美には分からない。でも、おばあちゃんはとても怒っていた。
 朱里先生から訊いた話をするとおばあちゃんはどうするだろうか。
「へえ、先生から訊いたの。偉いわね。ああ、そうだったの。おばあちゃんが間違っていたねえ」
と、にこにこしながら江美の話に納得してくれるだろうか。それとも・・・・。朱里先生のように上手に説明できる自信が江美にはない。上手に説明できないと・・・・。おばあちゃんの怖い顔が浮かんだ。江美はおばあちゃんに話すのをあきらめた。


 江美は考えた。辺野古のジュゴンや魚たちのことで江美がとても悩んだことをおばあちゃんは知らない。今はいつもの仲のいい江美とおばあちゃんだ。江美が辺野古のことを心の中に仕舞ってしまえば仲のいい江美とおばあちゃんの関係は続いていく。
もし、江美の本当の考えを話したらおばあちゃんは怒るかもしれない。江美を嫌いになるかもしれない。おばあちゃんの家に行けなくなるかもしれない。それは嫌だ。おばあちゃんとはいつまでも仲良くしていきたい。
おばあちゃんに辺野古の話はしないほうがいい。それが江美のためであるしおばあちゃんのためだ。考えた末の江美の結論だった。


 江美にとって困ったことが起きた。おばあちゃんが辺野古に行こうと言いだしたのだ。八月二十三日に辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前で大きな集会があるという。おばあちゃんはその集会に江美と一緒に行こうと言った。今までの江美だったら喜んで行った。帰りにおいしい料理やお菓子が食べられるからだ。しかし、江美は辺野古に行きたくなかった。こんな気持ちになったのは初めてだ。
「なぜ行きたくないのかい。帰りに恩納村にあるお菓子御殿に寄ろうと思っているよ。江美の大好きな紅芋タルトが食べられるよ。紅芋タルトの手作り体験もあるらしいよ」
紅芋タルトのことを聞いて江美は生唾をごっくんした。「うん、行こう、おばあちゃん」と言いそうになった。でも、辺野古に行きたくない気持ちのほうが強かった。
「ごめんね、おばあちゃん。江美は行きたくない」
「どうして」
行きたくない理由は言えない。
「どうしても」
おばあちゃんはがっくり肩を落とした。それからのおばあちゃんは元気がなくなった。体も小さくなったように感じた。 


「エミ。辺野古に行かないんだって。おばあちゃん寂しそうだよ。行ってあげたら」
数日後に、お母さんが言った。お母さんがそんなことを言うのは意外だった。小学四年生の時、おばあちゃんが江美をオスプレイ配備反対県民大会に連れて行った時、お母さんとおばあちゃんは大喧嘩をした。
「小さな子供を県民大会に連れていくのは止めてください」
「いいじゃないか。子供の時から反戦平和の考えを持つのは大事だ」
お母さんは一週間もおばあちゃんと口を聞かなかったくらいに怒っていた。そんなお母さんだったのに、おばあちゃんと辺野古に行ってあげてと江美に言う。
「お母さんは二年前は反対したよ。どうして今度は江美に行けと言うの」
「最近のおばあちゃん元気がないわ。辺野古に行ったら元気になるかもしれない」
それはお母さんの言う通りかもしれない。二年前の県民大会でのおばあちゃんは元気だった。昔の友だちと楽しそうに話し合い、孫の江美を自慢していた。おばあちゃんは十歳も二十歳も若返ったように元気になっていた。
しかし、おばあちゃんが元気になるとしても江美は辺野古に行きたくなかった。おばあちゃんはジュゴンや魚やサンゴが死ぬ話をするだろう。おばあちゃんのジュゴンたちの話を聞くのが江美は嫌だった。


おばあちゃんが行きたがっていた八月二十三日は過ぎた。江美はほっとした。でも、辺野古の集会はまたやってくるだろう。次も行かないというとおばあちゃんはとてもがっかりするに違いない。次も行かないとは言えない。どうしよう。江美は悩んだ。
江美は「右の耳から左の耳」ということわざをお父さんから聞いたことを思い出した。お母さんにどんなに叱られても平気なわけはそのことわざがあるからだとお父さんは話していた。辞典で調べると意味は、右の耳から入ったことが左の耳からすぐ抜けていく。聞いたことを片っ端から忘れてしまうことのたとえだった。そうだ、おばあちゃんの話を右の耳から聞いて左の耳から抜かしていけばいい。そうすればおばあちゃんの話を聞くことができるはずだ。江美は辺野古に行っても嫌な思いをしない方法を見つけた。


辺野古の浜で県民集会が九月二十日に開催されることになった。予想通りおばあちゃんは江美を誘った。心の準備をしていた江美は辺野古に行くと返事した。
「辺野古に駐車はできないから、宜野座村の友達のところまでおばあちゃんの車で行って、そこからはタクシーで行こうね」
「タクシーに乗るの。お金がもったいない。バスで行こうよ」
「あそこはバスはあまり通らない。バスを待つのが大変。だからタクシーでいく。江美、恩納村においしい沖縄そば屋があるの。帰りにそばを食べよう」
「うれしい。でも江美はお菓子御殿に行きたい。紅芋タルトを食べたい」
「じゃ、お菓子御殿に行こう。それから沖縄市においしいアイスクリームを売っている店があるから、その店にも寄ろうね」
「おばあちゃん大好きー」
辺野古でおばあちゃんはジュゴンや魚やサンゴが死んでしまう話をするだろう。江美は「うんうん」と、おばあちゃんの話を素直に右の耳から聞いてあげる。そして左の耳からこっそり抜かしていく・・・。


江美はちょっぴり二重人格者になったようだ。おばあちゃんに従順な江美と、おばあちゃんに従順なふりをする江美に。悩んで考え悩んで考えを繰り返していきながら心が少しずつ成長していく思春期の江美である。


「おばあちゃん。紅芋タルトの手作り体験もするんだよね」
「そうだよ。さあ、早く車に乗って」
九月二十日の朝、江美とおばあちゃんは辺野古に向かって出発した。