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建設阻止運動が容認の法廷闘争になった辺野古反対運動の敗北宣言に等しい

建設阻止運動が容認の法廷闘争になった辺野古反対運動の敗北宣言に等しい


 辺野古基地建設反対運動は基地建設の阻止運動から始まったが、阻止運動は基地建設を遅らせる運動になった。
遅らす運動は阻止を放棄した運動である。つまり、基地建設を容認した運動である。しかし、反対運動参加者が激減したために遅らす運動も難しくなってきている。現在は防衛局の埋め立て計画には違法性があると、防衛局の違法を主張する法廷闘争に変わってきている。


 防衛局は、設計変更申請が承認されていない現状で辺野古側に土砂を仮置きしてはならないと主張し、 毅然とした対応をするように基地建設反対派は県に要求している。また、南部の土砂採取計画の違法性を指摘して計画を撤回するように県や国に陳情している。
辺野古側への埋立工事は7月中にも終了するにもかかわらず、防衛局は、新たな埋立工事を発注したが、変更申請が未だ承認されていない現状で着手すれば、違法工事であると指摘している。


 辺野古基地建設反対運動が、現在は国に法律を守らせる運動になっているのである。国が法律を守って辺野古基地建設をするのを要求するということは基地建設に賛成しているということである。法を守って建設工事をやれと主張しながらは建設に反対とは主張できない。つまり、賛成しているということになる。





 辺野古基地建設反対運動は違法行為の連続であった。県民大会をキャンプ・シュワブの国道沿いでやった。国道で県民大会をやるのは考えられないことである。県民大会をやるなら運動場などの広場でやるのが常識である。ところが国道でやったのである。


 座り込みのテントも国道沿いに建てた。明らかに違法である。


 テント村も違法である。






 辺野古区の南側の海岸海岸の被害を防ぐために護岸工事をやった。土台がコンクリートでしっかりしているので辺野古基地建設反対派はテントを建て、テント村と呼んだ。辺野古基地建設場所からは遠く離れている場所である。
 辺野古区の人々はテントに猛反対した。しかし、辺野古区の要求を無視して建てたのがテント村である。


 違法行為が当たり前である辺野古基地建設反対運動が国に「法律を守れ」運動になったのである。もう、辺野古基地建設反対運動は消滅したに等しい。