維新、国民、賛成、みらい+中道保守で野党の保守結集を
維新、国民、賛成、みらい+中道保守で野党の保守結集を
2024年(令和6年)11月17日に兵庫県知事選挙があった。
斎藤元彦知事の1期目であったが、知事になって3年目に兵庫県庁内部告発文書問題により全会一致で不信任決議を受けて斎藤知事は失職した。全議員から不信任を突きつけられた斎藤氏であったが知事選に立候補した。斎藤氏を支援する政党は一つもなかった。当然ながら斎藤氏を応援する議員もいなかった。斎藤氏はたった一人で選挙選に挑んだのである。
支援する政党や議員がいないから斎藤氏が当選するのは不可能である。そうでありながら斎藤氏はたった一人で知事選挙に挑んだ。政党、議員から見捨てられた斎藤氏であったが斎藤氏を支持し、応援する人がいた。それは兵庫県民である。三年間の斎藤知事の政治を支持する県民は多かったのだ。
斎藤氏は官僚出身であった。自民党は官僚を知事にさせる傾向が強い。自民党の誘いを受けて兵庫県知事になったのが斎藤氏であった。知事になる前は大阪で政府官僚として仕事をしていて大阪維新の政治に触れていた。斎藤氏は維新の政治を兵庫県の政治に適用した。斎藤氏が積極的に実施した学校教育の改善は兵庫の子を持つ主婦に歓迎されたのだった。
一人で始めた知事立候補の演説であったが、斎藤氏の演説を聞く市民はどんどん増えていった。
斎藤氏は1,113,911票獲得した。次点の稲村に13万票以上の大差を付けて当選した。
兵庫県知事選挙で私が強く感じたのは兵庫県民は政党や政治家、そしてマスコミの影響を受けないで自分の判断で投票したことであった。マスコミは徹底して斎藤氏を非難した。しかし、兵庫県民は斎藤氏を選んだのである。三年間の斎藤氏の政治は兵庫県民が望んでいる政治に取り組んでいたからである。
斎藤氏は政治には素人の官僚であった。兵庫県知事になった斎藤氏は大阪維新の会の政治を参考にした。斎藤氏は知事になってから何度も吉村洋文大阪府知事に教えを乞うた。そして、兵庫で維新政治を実施したのである。しかし、維新は斎藤知事の不信任案に賛成した。知事選の時も斎藤氏を支持しないで維新独自の候補者を立てた。そして、落選した。
維新は大阪以外に拡大していない。維新が拡大するには斎藤氏を支持し、斎藤氏と一緒に兵庫で維新の政治を実施するべきだった。しかし、維新は斎藤氏と対立した。維新は維新の会の拡大だけに固執しているのだ。これが維新を駄目にしていると思う。維新が斎藤氏を応援していたら維新の支持は上がっていたと思う。
維新は大阪を都にすることに気を入れすぎている。大阪を都にする投票では2回も府民はそっぽを向いた。府民にとって大阪都は関心がないのだ。維新の会の政治家たちが強い関心があるだけなのだ。維新の政治は府民、国民が望んでいない方向に進んでいる。
国会の野党は左翼は減り続け、破綻に向かっている。野党も保守が増えている。保守が結集して、中道を破綻に追い込み、保守が野党を制していく方向に維新は進むべきべきだ。
日本維新の会の遠藤敬氏と国民民主党の古川元久氏の両国対委員長が国会内で会談した。
会談でペーパーレス化や衆院本会議場でのタブレット目的で端末の使用解禁などの国会改革に向けて協力していく方針で会談であったという。会談の目的は維新と国民が政治改革に協力していく方向に進めていくための協議だろう。
維新は36議席、国民は28議席である。維新、国民で64議席である。中道は49議席だから中道よりも多いことになる。維新と国民は保守である。中道は左翼と保守が混ざった政党であり、中途半端な政党である。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。