デニー知事は確実に落選した・・・しかし左翼とは・・・
デニー知事は確実に落選した・・・しかし左翼とは・・・
8月12日
県知事選挙 デニー知事は確実に落選する
2026年2月11日沖縄小選挙区の当選者
沖縄1区: 国場 幸之助(自由民主党)
沖縄2区: 宮崎 政久(自由民主党)
自由民主党 宮崎 政久71,071
中道改革連合 新垣 邦男57,500
社会民主党 瑞慶覧長敏14,311
2区では中道と社民は合流できないで2党がそれぞれ立候補した。それでも2党の獲得票は自民より少ない。自民が確実に勝っている。
沖縄3区: 島尻 安伊子(自由民主党)
沖縄4区: 西銘 恒三郎(自由民主党)
全区を自由民主党が当選した。これまでなかったことが起きたのである。1区と2区は左翼革新が当選し続けていた。しかし、今回は1区、2区とも自民党が当選したのだ。半々であった県民の支持が今年は自民党に集中したのである。
今まで沖縄一区は共産党、二区は社会民主などの左翼が当選していた。しかし、2026年は自民党が全選挙区で当選したのである。自民党が全選挙区で勝ったことに強く影響したのが辺野古移設問題である。辺野古移設に賛成は自民党であった。反対は共産党、社民党などの左翼政党であった。今までは1区と2区が移設に反対だった。共産党、社民党などの左翼政党を支持する市民が多かったのだ。
沖縄1区
那覇市、久米島町、渡嘉敷村、座間味村、粟国村、渡名喜村、南大東村、北大東村
沖縄2区主な区域
宜野湾市、浦添市、読谷村、嘉手納町、北谷町、西原町、中城村、北中城村
辺野古移設反対を支持してきた1区と2区の市民であったが、今年の選挙では移設に賛成の自民党を支持したのである。市民の考えが変ったのである。
○デニー知事は法廷闘争で全敗
玉城デニー知事と国との間で争われた米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設を巡る一連の法廷闘争は、2025燃1月までに計14件の訴訟が全て終結した。設計変更の承認を巡る代執行訴訟など、判決に至った訴訟は全てデニー知事の県が敗れた。
防衛省が申請した軟弱地盤改良工事の設計変更を玉城デニー知事が不承認としたことに対し、国が是正の指示などを出し、その適法性が争われた。最高裁は2023燃9月に県の敗訴を確定させた。
知事が設計変更を承認しなかったため、国が地方自治法に基づき知事に代わって承認を行う「代執行」を求めて提訴した。2024年2月29日付の最高裁決定で知事の上告が退けられ、国側の勝訴(県側の敗訴)が確定した。
不承認処分を取り消した国土交通相裁決の無効などを求めた訴訟でも、最高裁が2025年1月16日付で県の上告を受理せず、高裁の敗訴判決が確定した。
敗訴確定により県が工事を停止させる法的な手立ては事実上失われた。現実は工事が進められた。
法廷闘争で全敗したデニー知事の県民への信頼は確実に下がっただろう。
沖縄県名護市辺野古の米軍基地建設をめぐり、軟弱地盤のない「辺野古側(南部・シュワブ側)」の埋立てはおおむね完了したと発表・報道されたのは 2023年(令和5年) である。当然のことであるが、辺野古側の埋め立てはなんの問題を起こすことなく完了した。辺野古埋め立て反対運動を国は「埋め立てる」ことによって撥ね返したのである。内なる民主主義34で「辺野古は終わった」を掲載した。
2年前に断言したように「辺野古は終わった」のだ。県民もそのように認識している。だから、衆議院選挙で辺野古移設反対の中道、社民、共産党は敗北したのである。
9月に知事選がある。デニー知事は辺野古移設に反対を宣言した。
確実に負ける。
8月19日
県知事選挙 デニー知事は確実に落選する2
玉城デニー知事は現在はどの政党にも所属していない。無所属である。過去には 民主党、生活の党、自由党などに所属していたことがある。注目すべきはデニー地度が所属していたのは全て保守系であったことである。左翼の政党に所属したことはない。
ところがデニー知事を知事に当選させたオール沖縄は保守系ではない。オール沖縄に結集しているのは立憲民主党、日本共産党、社会民主党、沖縄社会大衆党である。すべて左翼政党である。保守系の党員がいる中道改革連合はデニー知事支持を止めた。自由投票にした。
保守系であるデニー知事は左翼が結集しているオール沖縄と距離を取った。オール沖縄の政党の推薦を断ったのだ。推薦を取りやめて支援にした。
AI による概要
「推薦」と「支援」の主な違いは、「太鼓判を押して認めること(推薦)」か、「手助け・応援をすること(支援)」かという点にあります。特に選挙や政治の世界では、関わり方の性質や距離感を示す言葉として使い分けられます。
支持母体としての結びつきを重視する見方がある一方で、勢力の退潮や形骸化を指摘する声も存在します。
推薦の意味= よい人だとして、他の人にすすめること。特徴「この人を推します」という公的なお墨付きや意思表示です。理念や政策が似ている場合に行われます。組織が候補者を「推薦」する場合、看板を貸すような強い肯定の意味を持ちます。支援(しえん)
推薦は、党や団体が「うちもこの候補を推す」と認める意思表示(お墨付き)。支援は、スタッフを出す、票をまとめるなど「実際に手伝う・味方する」行為そのものを指すことが多いです。
デニー知事はオール沖縄の立憲民主、共産党、社民党、沖縄社大党を推薦から支持にした。
デニー知事の支持政党が減った。中道が自由投票にしたからだ。
デニー知事とは対照的に推薦政党が増えたのが古謝候補である。国民民主が古謝候補推薦を表明した。公明党沖縄本部も古謝推薦を表明した。そして、参政党も推薦を表明した。和田政宗国会対策委員長は「玉城氏は沖縄に調和ではなく対立を生み出している」として、古謝氏を推薦する方針を明らかにした。参政が都道府県知事選で推薦を出すのは初めてである。
8月24日
デニー知事よ 7つの政策で左翼三政党を蹴っ飛ばせ
玉城デニー知事は左翼ではない。支持政党の立憲民主 社民党、共産党は左翼であるがデニー知事は左翼ではない。
デニー知事は上智社会福祉専門学校卒業後、ラジオパーソナリティ、タレント等の仕事をやっていた。デニー知事の本名は康裕である。ラジオパーソナリティをやっている時はデニーと名乗っていた。タレント名としてデニーを使ったのだろう。私は昼のラジオ放送を何回も聞いた。デニーは人気のあるタレントだった。2002燃9月に沖縄市議会選挙に立候補して当選した(1期務める)。そして、2009燃8月に衆議院議員選挙に立候補して初当選した(沖縄3区)。
デニー知事は沖縄の米軍基地に駐留していた米兵の父と伊江島出身の母の間に生まれたアメラジアンである。父の母国である米国に渡航することを前提に母親から「デニス(Dennis)」と名付けられるが、結局、母は先に帰国した夫を追うことはなかった。小学校4年生のときに家庭裁判所に申し出て、「康裕(やすひろ)」に改名した。「デニー(Denny)」は子供の頃からの愛称であった。母親は「基地特需」で沸く沖縄において、生活費を稼ぐために住み込みで働く。そのためデニー知事は10歳まで母親の友人宅に預けられ、そこで育った。
デニー知事は30歳のときにタレントとして独立した。琉球放送ラジオの人気番組「ふれ愛パレット」のパーソナリティや、1998燃7月にスタートした沖縄市エフエムコミュニティ放送の「OKINAWAミュージック・タペストリー」の総合プロデュースとパーソナリティ、イベントの司会などを務めた。ラジオでは沖縄語を駆使し、高齢者から絶大な支持を受けた。
2002年に沖縄市議会議員にトップ当選した。
2005燃8月、衆院選に立候補するため任期途中で市議を辞職。同年9月11日に行われた第44回衆議院議員総選挙に、沖縄3区から民主党公認で立候補するも得票率3位で落選。
2009燃8月30日に行われた第45回衆議院議員総選挙に、沖縄3区から民主党公認で再び立候補。自民党前職の嘉数知賢を破り、初当選を果たす。民主党では沖縄県第3区総支部長、沖縄県総支部連合会副代表などを務めた。同年12月には、小沢一郎を名誉団長とする小沢訪中団に参加。デニー知事は保守の政党に入党した。
デニー知事が「政治の師」と仰ぐのは中道改革連合の小沢一郎・前衆院議員(84)である。小沢氏は元自民党員である。1993年に自民党を離党した。離党した理由は、派閥内の跡目争いに敗れたことや、小選挙区制の導入を含む「政治改革」の推進をめぐる旧来型政治(談合政治)との対立によるものである。小沢氏を師と仰ぐデニー知事が保守であるのは明らかである。
県知事候補のデニー知事は保守である。デニー知事候補を支持する三政党は左翼である。知事立候補は保守、支援政党は左翼という図式になっているのがデニー知事側の状況である。
左翼三政党が目的にしているのは普天間飛行場の県外撤去である。左翼三党は県外撤去を目的にしているから辺野古移設に反対なのである。左翼三政党がデニー知事に求めるのは「辺野古移設反対」である。保守のデニー知事は左翼三党ほどに辺野古移設反対は強くない。だから、辺野古移設反対に固執している左翼三党とは距離を置いた。
沖縄県の玉城デニー知事が米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設をめぐり国と争った裁判では、最高裁判所が2024年3月までに沖縄県の上告を退け、県の敗訴と国の代執行による承認が確定した。これにより移設工事を巡る一連の法的闘争で事実上、国側の勝訴で決着がついた。
〇沖縄県が辺野古沿岸部の軟弱地盤改良に伴う設計変更申請に対して、
最高裁の判断(2023燃9月): 国土交通大臣の是正指示をめぐる訴訟で最高裁が県の上告を受理せず、県の敗訴が確定。
〇代執行訴訟(2024年3月): 福岡高裁那覇支部の判決に基づき、最高裁が県の上告を退け、国が代わって設計変更を承認する「代執行」が合法と確定。
この現実をデニー知事は認識している。認識していないのが左翼三党である。
沖縄県知事選に向け、デニー知事は左翼三政党に対しては「推薦」ではなく、「支持・支援」を求めた。推薦は推薦する政党の政策とデニー知事は政策協定を結ばなければならない。デニー知事は左翼三党と政策協定を結ばないために推薦ではなく支持・支援を要求したのである。
古謝候補は全ての政党の推薦を受け入れた。そして、推薦する維新の会と国民民主と参政党と古謝候補とは政策協定を結んだ。推薦ではなく支持支援になるデニー知事と左翼三政党とは政策協定を結んでいない。
メディアは特定政党の推薦を受けることで生じる枠組みを避け、より広い範囲からの支持を獲得するためだと説明しているが、それは間違っている。保守のデニー知事は左翼の三党とは政策協定を結びたくないのだ。政策とは関係なくデニー知事を支持し、応援することを要求しているのである。
デニー知事は、県知事選に向けた政策の柱として、経済成長の恩恵を県民に行き渡らせる「循環型経済の構築」や、独自の基金創設による「誰ひとり取り残さない優しい沖縄の実現」など、7つの大項目を掲げている。
7つの政策の柱
循環型経済の構築:産業・観光振興や企業活動の強化により県民所得の向上を目指す。
誰ひとり取り残さない優しい沖縄の実現:県独自の基金創設や医療費・給食費・交通費などの負担軽減策。
交通・まちづくりの一体改革:鉄軌道の早期導入や新交通システムの構築など。
島々の振興なくして沖縄の振興なし:離島の通院費支援や輸送コスト低減の拡充。
次世代につなぐかけがえのない自然・文化・スポーツ:豊かな環境や文化・スポーツの振興。
エネルギー革命:持続可能なエネルギー政策の推進。
平和こそ命とくらしの原点:対話による信頼関係構築や非暴力の意思表示。
デニー知事の7つの政策に辺野古移設反対が入っていない。デニー知事は辺野古移設反対と言うが政策には入れていないのだ。それはなぜか。デニー知事は左翼三政党のように強く辺野古移設反対はしていないからである。
デニー知事は左翼三政党に対しては「推薦」ではなく「支持・支援」にした。メディアはその理由を特定の政党色を薄め、幅広い有権者や各層からの支持基盤を広げる狙いがあると説明し、 特定政党の推薦を受けることで生じる枠組みを避け、より広い範囲からの支持を獲得するためだと述べている。メディアは間違っている。デニー知事は左翼三政党のように強く辺野古移設反対してはいないし、左翼三政党とは政策が違うからである。
デニー知事が左翼ではなく保守であることを認識するべきである。
デニー知事の7つの政策は素晴らしい。左翼三政党が保守政党であったら、素晴らしい選挙戦になっていたと思う。
玉城デニーよ 7つの政策を基本にした政策を作り上げて保守新党を設立してほしい。
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