翁長知事、デニー知事には内なる民主主義がない
翁長知事、デニー知事には内なる民主主義がない
過激派の中核派は6日付の機関紙「前進」で「辺野古新基地絶対阻止を 事故を利用した沖縄圧殺許すな」と題した記事を掲載した。記事には「辺野古で続く不屈の闘いに合流し、『全基地撤去、日米安保粉砕・日帝打倒』を掲げ、5・15沖縄闘争に総決起しよう!」と、復帰記念日の闘争参加を呼び掛けているという。
中核派は元は共産党員だった。共産党を脱党して中核派を名乗るようになった。全基地撤去、日米安保粉砕・日帝打倒を中核派は主張している。この主張は共産党も同じである。資本主義を倒して社会主義の国家にするのを目的としているのが中核派であるし共産党である。
ソ連が誕生してからソ連のような国を目指して日本共産党は生まれた。戦後になって日本共産党内で政治分裂が起こった。共産党内で反スターリン主義が出てきて1957年に一部の共産党員たちが革命的共産主義者同盟(革共同)を結成して共産党を離脱した。革共同は革マル派と中核派に分裂した。共産党と中核派の共産主義イデオロギーは同じなのだ、違うのは政治運動の在り方の違いである。中核派は過激であり、共産党は過激ではない。
中核派は全基地撤去、日米安保粉砕・日帝打倒と過激な発言をするが共産党の本音は全基地撤去、日米安保粉砕・日帝打倒であり中核派と同じである。しかし、運動のやり方は違う。
沖縄の全ての米軍基地を撤去するのが共産党の目標である。だから、普天間飛行場は米国に移設することを目的にしているから辺野古に移設することに反対である。しかし、中核派のように普天間飛行場の国外への撤去を主張しても県民が賛成する可能性は低い。だから、辺野古飛行場建設の埋め立てをしたら赤土が大浦湾を汚染する。サンゴは死に、魚はいなくなるというもっともらしい嘘を県民に信じさせて、辺野古飛行場建設を阻止しようとしているのだ。移設であるのに辺野古新基地といってあたかも新しい米軍基地を設立するようなイメージをつくっている。
辺野古移設反対運動は盛り上がっていった。しかし、埋め立て工事は反対運動に止められることなく順調に進んでいった。反対運動に影響を受けたのが翁長雄志氏であった。翁長雄志氏は沖縄県議を1992年 ― 2000年、那覇市長を2000年―2014年務めた。そして、次は県知事を目指していた。県議、那覇市長を務めた翁長氏が県知事に当選するのは確実だった。
沖縄県の歴代の知事
屋良 朝苗(革新) 1972年(昭和47年)
平良 幸市(革新) 1976年(昭和51年) 年
西銘 順治(自民) 1978年(昭和53年)
西銘 順治(自民) 1982年(昭和57年)
西銘 順治(自民) 1986年(昭和61年)
大田 昌秀(革新) 1990年(平成2年)
大田 昌秀(革新) 1994年(平成6年)
稲嶺 惠一(自民) 1998年(平成10年)
稲嶺 惠一(自民) 2002年(平成14年)
仲井眞 弘多(自民) 2006年(平成18年)
仲井眞 弘多(自民) 2010年(平成22年)
稲嶺知事までは自民と革新が交互に知事になっていた。自民と革新が五部五部の勢力であるのが沖縄県である。しかし、稲嶺知事の次に自民党の仲井眞氏が知事になった。自民党の知事が連続するというのは過去になかったケースである。自民と革新が交互に代わるというパターンを崩したのが仲井間知事であった。稲嶺知事8年間、仲井間知事8年間と16年間も自民党が知事であった。とすると県会議員、那覇市長を務めた自民党の翁長氏が当選する確率は非常に高かった。翁長氏が知事になれば自民党が3連続知事になる。ところが翁長氏は自民党を脱退した。自民党から一緒に脱退した仲間と一緒に自民党と対立関係にある革新系と組んでオール沖縄を結成した。翁長氏は辺野古移設を容認すれば知事選に敗北すると予想したのだろう。
2014年の知事選から5年後の2019年平成令和元年(平成31年)に辺野古埋め立ての賛否を問う県民投票があった。<center>
<img src="https://img03.ti-da.net/usr/h/i/j/hijai/辺野古移設投票_ujR.png" width=350></center>
反対が72,2%賛成はわずか19,1%である。翁長氏は県民の多くは埋め立てに反対であると予想していた。だから、自民党の埋め立て賛成を公約にしたら落選するかもしれないと予想したのである。当選するには埋め立て反対を公約にしなければならないと考えた翁長氏は「埋め立て反対」を公約したのである。
翁長氏は県知事選出馬にあたって、
「普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念、オスプレイ配備撤回を強く求める。そして、あらゆる手法を駆使して、辺野古に新基地はつくらせない」と共産党、社民党と同じ内容を公約にしたのである。埋め立て反対を公約にすることは自民党を離脱しなければならない。翁長氏は仲間と一緒に自民党を離脱し、共産党、社民党などの左翼政党と連帯してオール沖縄を結成した。翁長氏が自民党を離党することを自民党は予想していなかった。突然の離党と左翼と合流してのオール沖縄結成には自民党は驚いただろう。
仲井間知事は引退し、仲井間知事の後継として翁長氏を予定していた自民党である。ところが翁長氏は自民党を離党し、共産党、社民党とオール沖縄を結成し、自民党の敵として知事選に立候補した。自民党は引退する予定の仲井間氏が知事選に立候補した。
2014年
翁長雄志氏(64) 36万820票
仲井真弘多氏(75)26万1076票
翁長候補が10万票差で大勝した。
2018年翁長知事は膵臓(すいぞう)がんのため入院中の浦添総合病院で死去した。67歳だった。
国会議員であった玉城デニー氏が翁長知事の後継者としてオール沖縄から出馬し、当選した。
玉城デニー 396,632票
(推薦)オール沖縄(立憲民主党・国民民主党・共産 党・自由党・社民党・沖縄社大党)
佐喜眞淳 316,458票
(推薦)自民党・公明党・日本維新の会・希望の党
玉城 デニー 2018年(平成30年) ~ 令和4年
翁長氏は仲井間知事が辺野古移設を承認して、法的に決まった辺野古移設に反対することを知事選の公約にしたのである。辺野古移設を阻止することは県知事にはできない状態であった。それなのに翁長氏は民主主義国家である日本の法律に反することを選挙公約にしたのである。日本は国民が選出した議員によって法律が制定される。制定された法律は法治主義によって徹底して守られる。県知事は法律を徹底して守らなければならない。翁長氏の辺野古移設反対は法治主義を破棄している。それは民主主義に反することである。
私が最初に出版した「沖縄に内なる民主主義はあるか」はこのようなことを問題にした本である。翁長知事には内なる民主主義がない。
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