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八重山日報の『抗議船の漁港使用「不許可を」 名護漁協が市に要請 「届け出」有無、市は明言せず 辺野古」の記事を追求

hijai

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 八重山日報の『抗議船の漁港使用「不許可を」 名護漁協が市に要請 「届け出」有無、市は明言せず 辺野古」の記事を追求、


 転覆事故が起きた海域について安里組合長は「地元の漁業者は普通、ああいう波の立つところには近づかない。(死亡した船長は)ベテランだというが、免許を持っているだけでプロとは呼べない」と指摘した。


と書いてある。漁業者が近づかない理由は高波によって転覆する可能性がある場所だからだ。転覆しないために「波の立つところ」には近づかないのが漁業者の常識である。それなのに「不屈」「平和丸」の船長は近づいた。近づいた原因を同志社国際高校(京都)の西田喜久夫校長が話した

「(亡くなった船長から)『船に乗って沖の方から現場を見ることもできるよ』という風なお話をいただきまして、本校で検討し、海上からの辺野古基地の見学という風なものを研修旅行のなかに取り入れることになりました」

船長の言った「沖のほう」が白い波のある環礁である。「不屈」「平和丸」は漁業者が絶対に近づかない波のあるほうに向かって進んだのである。

3月30日の私のブログで、

「転覆した原因は深い場所からやってきた波が環礁にぶつかって急激に高くなって白い波が発生する場所にボートを移動させたからである。絶対に行ってはいけない場所に行ったのである。

埋立地全体を見せるため白い波のある場所にいったのだろう。船長は前を見ないで横の埋め立て地のほうを見ていたのであろう」

と予想した。予想した通り、沖のほうから埋め立て地を見せる目的で白い波が襲う環礁のほうに行ったのである。二人の船長は埋め立て地やキャンプシュワブを見ながら説明をしただろう。だから、襲ってきた高波に気づくのが遅かった。埋立地を見ながら高校生に話していたから高波に気づくのが遅くなりボートはひっくり返されたのだ。

 「不屈」の転覆を見た「平和丸」がやるべきことは進路を変更して「不屈」から離れることだった。しかし、「平和丸」の船長はスピードを上げて転覆した「不屈」に接近したのである。「平和丸」の船長は船を転覆させるために転覆した「不屈」に向かったのである。



11年前の2015年に出版した「捻じ曲げられた辺野古の真実」の文章である


普天間飛行場の移設は辺野古しかない

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 https://img03.ti-da.net/usr/h/i/j/hijai/大浦湾3_y12.jpg

大浦湾と辺野古埋め立て予定地である。埋め立て地は辺野古崎の沿岸部だけである。辺野古の海や大浦湾のほとんどは埋めない。沿岸部の埋め立てだけで大浦湾の自然に影響を与えるのはあり得ないことである。

 辺野古飛行場の滑走路はV字型である。離着陸の時に人家の上を飛ばないためにV字型にしたのである。

 辺野古飛行場はキャンプシュワブ内に建設される。現軍用地内に建設するから新たな土地を接収する必要がない。辺野古以外なら新たな土地を接収する必要がある。辺野古以外なら飛行場建設は不可能である。

 周囲は海である。墜落事故があっても普天間飛行場のように人命や人家に被害を及ぼすことはない。

 飛行場に一番近い辺野古区でも1キロメートル離れている。辺野古区と飛行場との間には丘があり、騒音被害も小さい。


このような好条件は本土にもないし沖縄にもない。辺野古沿岸部だけである。宜野湾市民の騒音被害、生命と財産を守るためには辺野古移設しかないのである。辺野古移設は人道問題であって基地問題ではない。

          「捻じ曲げられた辺野古の真実」


 辺野古移設は人口密集地の宜野湾市から回りは海と米軍基地である辺野古に移設するという人命や騒音被害をなくすのが目的である。だから、反対する理由はなかった。どうしても反対したいのが反米主義、反米軍主義の連中である。中心的な政党が共産党と社民党である。辺野古移設反対派は「辺野古を埋め立てたら赤土が大浦湾を汚染して、サンゴは死滅し魚はいなくなる」というでたらめな理屈をでっち上げて埋め立て反対運動を展開した。でたらめな理屈を自民党の翁長氏は信じて辺野古移設に反対した。そして、知事に当選した。自民党トップでさえ移設反対派のでっち上げた理屈を信じたのである。

 反対派の嘘を信じた翁長氏が知事に当選し沖縄県知事は辺野古移設に反対した。翁長氏の後継であるデニー知事も辺野古移設に反対した。辺野古移設反対派の嘘を覆すことが沖縄の自民党はできなかった。しかし、前知事の仲井間知事が辺野古移設を承認したので移設問題は終わっていた。埋め立ては翁長・デニー知事が反対しても着実に進んだ。

 埋め立てが進むにつれて大浦湾が汚染されないことが明らかになっていった。反対派の「海が赤土で汚染される」は反対派のでっちあげであることが明らかになっていった。県議会は自民党が過半数になった。そして、県の10市すべての市長が自民党になった。私は2024年発売の内なる民主主義34・35」に「辺野古は終わった」を掲載した。



辺野古は終わった


2015年出版「捻じ曲げられた辺野古の真実」が真実であることを証明された75

漁師が辺野古区民の真実を話す78

ある老辺野古民は訴える79

県議選でデニー知事派の与党が敗北するのは確実である80

辺野古移設反対を選挙公約にできなくなったデニー与党 敗北は確実80

デニー知事辺野古敗北宣言82

県議選 物言わぬ辺野古埋め立て地がデニー知事与党を敗北させた85

県議選 デニー与党が敗北した 当然のことである86

でっち上げた嘘が嘘であることを県民が知ったから与党は敗北した87

○翁長雄志は県知事になりたいために県民を騙した87

沖縄県議会選で敗北したのは共産と立憲だけ マスメディアは報道しない90

辺野古移設反対運動で初めて死者が出た 原因は牛歩運動92

警備員の事故死 辺野古移設反対運動はますます県民の支持を失う94

米兵の少女性暴力を反米軍基地政治運動に利用するだけの沖縄97

「米兵米兵」はまるで戦前の「鬼畜米英」のようである99

日米安保粉砕のために米兵の少女暴行弾劾する大会101

騒いでいるのは県民ではない反米軍基地運動家たちだ103

米兵差別の8・10県民集会105

市長が反対したから政府は陸上自衛隊の訓練場新設を取りやめた 日本の民主主義109

デニー知事は日本の民主主義を理解していない112


 辺野古移設問題終わったと宣言した二年後に埋め立て地が見える海で女子高校生の転覆死。


 書きながら虚しくなってきた。