辺野古の「平和教育」は真実を歪め橋たでっち上げ押し付け教育
辺野古の「平和教育」は真実を歪め橋たでっち上げ押し付け教育
名護市辺野古の沖合で船2隻が転覆し高校生と船長が水死した事故について、船にのった理由を「平和教育」の一環であったと述べている。埋め立てが終わった辺野古側の埋立地とまだ埋め立て工事が始まっていない大浦湾側の埋め立て予定地を船で見学することが「平和教育」というのである。メディアでは平和教育が一般常識となっている。それは平和教育ではない。反米軍基地反対教育である。
「平和丸」と「不屈」の二隻の船は普天間基地の辺野古移設に反対する団体が所有し運航する船である。辺野古移設に反対する団体は平和主義団体ではない。住宅が密集している普天間飛行場を住宅のない辺野古に移設するのに反対しているのが辺野古移設反対派である。彼らが目指しているのは沖縄から米軍基地を撤去させることである。彼らは反米軍基地派である。だから辺野古移設に反対している。平和主義だから反対しているのではない。
普天間飛行場の辺野古移設に反対するのは平和主義派ではない。米軍基地反対派だ。<center>
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普天間飛行場と辺野古飛行場予定地である。普天間飛行場の周囲は。住宅密集地である。普天間小学校と沖縄国際大学もある。辺野古飛行場の周囲には住宅地はない。一番近いのが辺野古区であるが飛行場から七百メートル離れている。辺野古以外の住宅地はかなり離れている。。<center>
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普天間飛行場よりとても安全な辺野古飛行場である。
キャンプシュワブゲート前の座り込みは2014年の7月7日に始まった。埋め立ての土を積んだトラックを実力で阻止するのが目的だった。
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県警機動隊に排除される市民=18日午前8時52分、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前
国道沿いにテントを張り、座り込みし、トラックの前に立ちふさがることもあった、
国道沿いにいくつものテントを立てている。すべてが違法である。まるで彼らの占領地でもあるようにやりたい放題であった。
彼らの勝手な行動は次第に県民に嫌われていった。辺野古移設反対運動をやっている彼らの行動が県民の支持を下げていったのだ。
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「宜野湾ちゅうも辺野古んちゅうもうなじウチナーンチュやるむん。助きーしるあたいめー(宜野湾の人も辺野古の人も同じ沖縄人である。助けるのが当然)」
と辺野古の老人が言った。
「うなじウチナーンチュ」といううちなー口にとても感動した。沖縄人は助け合わなければならないという精神が辺野古にあった。
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