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「普天間飛行場の移設は辺野古しかない」を14前に出版していた

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「普天間飛行場の移設は辺野古しかない」を14前に出版していた

<center><img src="https://img03.ti-da.net/usr/h/i/j/hijai/沖縄に内なる_Kde.jpg" width=350></center>

 県知事選で自民党の古謝氏が圧勝したことで最も影響を受けたのはデニー氏ではない。共産党、社民党、社大党の左翼政党である。

左翼政党の目標は辺野古移設阻止である。辺野古移設阻止を目指して、左翼は辺野古のキャンプシュワブの国道沿いに青テントを建て、中南部地域から運動員を最大動員して阻止運動を展開した。しかし、県知事選で辺野古移設容認の古謝氏が圧勝した。 

古謝氏が県知事に就任すれば県知事が辺野古移設に賛成する。移設に反対している左翼三党は県議会で辺野古移設反対を主張するであろうが県議会は自民党と公明党で過半数である。知事と県議会過半数が辺野古移設賛成となるのだ。左翼三党の主張は県議会で確実に敗北する。


12年前に翁長氏が辺野古移設を容認して自民党から出馬していれば辺野古移設反対が高まることはなかった。

翁長氏は那覇市長時代から有名であった。仲井間知事の後継が翁長氏であることは自民党で常識となっていた。自民党から出馬しても翁長氏は確実に知事選に当選していただろう。

ところが翁長氏は自民党を離党して左翼政党と連帯してオール沖縄を結成した。翁長氏の自民党離党からオール沖縄結成は誰も予期しなかったことである。自民党離党は翁長氏の突然の行動だった。そのために自民党は知事候補を見つけることが出来なくて仲井間知事を立候補させた。その時仲井間知事はすでに75歳であった。75歳で県知事に立候補するのはありえないことである。突然の翁長氏の離党によって翁長氏に代わる候補者を見つけることができない自民党は仕方なく仲井間氏を立候補させたのである。仲井間氏が落選するのはとうぜんのことであった。

 

沖縄県知事歴史である。

1屋良 朝苗 革新

2平良 幸市 革新

3西銘 順治 保守

4西銘 順治 保守

5西銘 順治 保守

6大田 昌秀 革新

7大田 昌秀 革新

8稲嶺 惠一 保守

9稲嶺 惠一 保守

10仲井眞 弘多 保守

11仲井眞 弘多 保守


12翁長 雄志 保守*革新

13玉城 デニー 保守*革新

14玉城 デニー 保守*革新


 大田知事までは保守と革新が二期8年ずつの知事であった。しかし、稲嶺知事、仲井間知事と保守が16年間続くようになった。保守政治が安定してきたのである。

 もし、翁長氏が自民党から知事選に立候補すれば、翁長氏は確実に当選していたはずである。ところが翁長氏は突然自民党を離党して、左翼政党とオール沖縄を結成したのだ。左翼と合流するために翁長氏は左翼が主張している辺野古移設反対を掲げた。

 知事を引退する予定だった仲井間氏に翁長氏は圧勝した。


辺野古移設反対は保守の翁長氏が反対することによって一気に高まった。

 翁長氏が県知事になったのは2014年である。翁長氏が知事になる2年前の2012年に「普天間飛行場は辺野古移設しかない」を掲載してある「沖縄に内なる民主主義はあるか」を出版した。


第五章 普天間飛行場の移設は辺野古しかない 


沖縄県の人口の推移 106/戦前の沖縄の人口は60万人が限度だった 107/

農業中心の沖縄の人口を推計する 107/沖縄の人口増加は基地経済が原因 110/

宜野湾市の戦後の経済発展の要因 111/沖縄に米軍基地が存在している理由 113/沖縄の米軍基地強化と密接な関係がある旧ソ連圏の脅威的な拡大 114/沖縄の米軍基地強化と密接な関係がある中国の勢力拡大 116/沖縄の米軍基地強化と密接な関係があるアジアの冷戦 118/沖縄の米軍基地強化と密接な関係があった朝鮮戦争 120/普天間飛行場強化は共産主義勢力の封じ込み戦略のひとつであった 122/普天間飛行場の歴史 123/普天間第二小学校 129/普天間第二小学校の移転問題 131/普天間飛行場のクリアゾーンに人が住んでいるのは誰の責任か 134/普天間飛行場の移設問題 136/国外移設運動の歴史 138/県外移設運動の歴史 139/沖縄の構造的差別は本当か 140/構造的差別論は反戦・平和主義ではない 143/普天間飛行場の国外移設=グアム移設は可能か 144/普天間飛行場の「県外移設」は可能か 145/県外移設論者たちのずるさ 148/辺野古移設は可能か 150/辺野古は米軍基地を受け入れて繁栄した過去がある 151/今も中国・北朝鮮と周辺国との緊張状態は続いている 153/米軍基地があるから戦争に巻き込まれない 156/沖縄にヘリコプター基地は必要 157


 普天間飛行場の移設は辺野古しかないことを左翼以外のすべての人が納得するはずであるという自負があった。ところが2年後に翁長氏が自民党を離党して左翼とオール沖縄を結成して辺野古移設反対を主張したのである。信じられなかった。というより翁長氏の政治的な企みを感じた。

 翁長氏の企みは左翼を抱き込んで成功したが、12年後の2026年の県知事選で県民によって粉砕された。保守と左翼の連合は県民が粉砕したのだ。

保守であるデニー氏が今後左翼政党と合流することはないだろう。左翼は左翼だけの政党が連帯するだけである。


左翼政党だけの県知事は二度と誕生しない。