プーチンはスターリン独裁政治を復活させていた
プーチンはスターリン独裁政治を復活させていた
ソ連は1991年に崩壊した。
1993年のロシア連邦憲法は、1993年12月12日に国民投票で採択され、同月25日に施行された。ソ連崩壊後、エリツィン大統領が主導して制定されたロシア連邦憲法は、強力な大統領制を特徴としている。
大統領は首相の指名・罷免権を持ち、軍の最高司令官として政治・軍事・外交で強い権限を持つ。また、連邦国家の原則、三権分立、経済活動の自由、私的所有権の保護などをしっかりと定めている。
1993年に成立したロシア連邦憲法は米国とほとんど似ている戦法である。ロシア連邦憲法が制定された時、ロシアも米国と同じ民主主義国家になっていくと思っていた。主導したエリツィン大統領が目指していたのは米国のような民主主義国家であっただろう。
1999年8月にエリツィン大統領は辞任した。大統領代行に首相であったプーチンが大統領代行に指名された。プーチンが大統領になった。新しい大統領のプーチンはエリツィンとは違った。米国のような民主主義国家をプーチンは目指さなかった。プーチンが目指したのは崩壊した社会主義ロシアの復興であった。
ソ連が崩壊した原因はロシア経済の破綻である。経済破綻しなければ社会主義ロシアは崩壊しなかったはずである。経済復興すれば社会主義ロシアは再興ができるとプーチンは思った。社会主義ロシア復興を目指したプーチンは最初に経済復興を目指した。プーチンはシベリアに眠る原油や鉄鉱の開発を始めた。外国企業も参加しようとしていたが、プーチン大統領は外国企業を排除した。
プーチンはシベリアで生産した石油の輸出に懸命になった。EUには石油官を設置した。プーチンの販売戦略は成功し、ドイツ、オランダ、イタリア、ハンガリーなど多くの欧州の国々に石油や鉄鋼を輸出できた。石油の輸出によってロシア経済は復興した。経済が復興していくと同時に社会主義独裁政治も復興させていった。プーチン大統領によって経済復興と独裁復活がロシアで進んでいった。
ロシアの経済が復興してくると輸入が増えただけでなく、ロシアに進出する外国の企業が出てきた。外国の企業がどんどんロシアに進出するようになった。プーチン大統領にとって外国企業のロシア進出は歓迎できなかった。国内の企業は徹底して弾圧しプーチン大統領の支配下に入れることができた。
ロシア国内の企業は支配することができる。しかし、国外の企業は支配することができない。起業家に政治圧力をかけたり、あらぬ罪で刑務所に入れれば国外の政府が抗議し、政治圧力をかけてくるだろう。だから、国外の企業がロシアで増えれば増えるほどにプーチン流の独裁政治はできなくなっていく。それはプーチン大統領にとってとても嫌なことである。プーチン大統領はKGB出身である。KGBを引き継いだ現在のロシア連邦保安庁(FSB)である。プーチンはFSBの長官であった。
KGB(ケイ・ジー・ビー)は、1954年からソ連崩壊の1991年まで存在した、旧ソビエト連邦の国家保安委員会(Komitet gosudarstvennoi Bezopasnosti)である。国内・国外での情報活動、国家機関や軍の監視、国境警備、反体制活動の取り締まりなどを担った情報機関・秘密警察である。ソ連の解体後、その機能は現在のロシア連邦保安庁(FSB)など複数の機関に引き継がれた。。
KGBの主な役割と活動
情報活動:国内外での諜報・防諜活動。
監視と取り締まり:国家機関、軍、および国内の反体制活動を取り締まったた。国境警備:国境の警備も担当。
歴史的背景と解体
スターリンの死後、広範な権限を持っていた国家保安省が、共産党の主導の下で1954年に改組されてKGBが誕生した。
KGBの機能は、現在のロシア連邦保安庁()やロシア対外情報庁(SVR)といった機関に引き継がれている。
プーチン大統領はKGBでキャリアを積み、後にFSB長官を務めた。KGB出身のプーチン大統領が目指しているのはスターリン独裁政治である。
ロシアに外国企業が増えていった。モスバーガーなどのファーストフード店も出店するようになった。外国企業は国内企業と同じように弾圧・支配することはできない。プーチン大統領にとって外国企業のロシア進出は食い止めたい。しかし、外国企業のロシア進出を食い止めるいい方法はなかった。
ソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)の崩壊により独立したのは、アゼルバイジャン、アルメニア、ウクライナ、ウズベキスタン、エストニア、カザフスタン、キルギス、グルジア(ジョージア)、タジキスタン、トルクメニスタン、ベラルーシ、モルドバ、ラトビア、リトアニア、そしてロシア連邦の計15か国です。これらの国は、もともとソ連を構成していた共和国が、ソ連解体後に独立国家となりました。ロシア連邦は15か国あり、14か国はロシアから離れた。14か国も離れたロシアはソ連に比べて大きく縮小したと思ってしまうがそうではなかった。ロシア以外の国々は面積がちいさい国々であり、ロシアは一国になってもソ連に近い大きな面積の国である。
ロシアの正式名はロシア連邦である。11がロシア連邦である。
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ウクライナは親ロシアの国であった。ところがEUよりの大統領が誕生した。ウォロディミル・ゼレンスキー大統領である。ゼレンスキー大統領はEU加入を目指していいる。EUは財閥≂オルガルヒの存在を認めない。ゼレンスキー大統領はウクライナのオルガルヒを排除した。ゼレンスキー大統領はプーチンの敵である。
プーチン大統領はウクライナに侵攻した。
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